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【U,C,0080 Jul~Oct】 Episode C0-1 「アラスカの大地に」 [A Piece of U.C.00XX]

 一転して熱砂のアフリカから、北米アラスカに転属となったロシュ・ハーディー少尉は、気乗りしないままに輸送機に揺られていた。窓ガラスの向こうは暗くてよく見えない。もう数十分下界の明かりは見えなかった。ジャブローを経由して、パナマ基地、キャリフォルニアベースを経て、旧カナダを飛び越えた。
 退役するつもりで、キンバライド基地に戻っていたロシュだったが、急遽アラスカ基地近くの駐屯地でMSパイロットの補充要請があった為、その日の貨物便に便乗して、ジャブローに渡った。乗り換え便の北米定期輸送機に乗り込み、延々十数時間こうしている。
 アラスカは、夏でも寒いんだろうか…。ぼうっとする意識の中、ガクンとした衝撃で目が覚めた。輸送機はアラスカ基地に着いたらしい。元は旧アメリカの空軍基地だったこともあり、闇に溶けている敷地はどこまで続いているかわからなかった。それに、もう〇時を回っているせいか、駐機場周辺は閑散としていた。
「ハーディー少尉、到着しました。お忘れ物などありませんよう、今一度お確かめを。」
 副機長のターナーと名乗った男は、冗談混じりにキャビンアテンダントの真似をして、機から降りるよう促す。半分寝起きのロシュは無言で、ザックひとつ持ち上げて見せ、席を立った。
「思ったほど、寒くはないんだな…。」
 砂漠の夜の方が、ずっと寒いな。ロシュは思いながら、タラップを降りる。ここからは、目的の駐屯地に行くには、補給貨物に便乗するか、車をレンタルするしかない。この時間だと貨物トラックは出ないだろうから、ここで一晩泊まらせてもらうしかない。とりあえず、ターミナルのカウンターまで行くことにした。
「夜分すまない。ベルーガ駐屯地に行く定期便は何時に出る?」
 ロシュは、カウンターで雑誌を見ていた伍長に問いかけた。伍長は突然の来訪者、しかも上官だったのに慌てふためいて、姿勢を正した。
「少尉殿、ご苦労様です。ベルーガ駐屯地への定期貨物便ですが、明朝七時に第三貨物ターミナルから空輸機が出ます。」
 彼は見かけに似合わず、はきはきと答えた。
「ありがとう、伍長。それまで、そこのロビーで仮眠させてもらえないか?」
「はい、どうぞ!通路奥にはラウンジもありますので、ご自由にお使いください。」
 ロシュは礼を言いながら、ザックを担いでロビーに向かった。長椅子に腰掛けると足を投げ出した。ソファーとはいかないまでも、輸送機のシートよりは遥かにましだ。しかし…IDも確認しないで…ここの基地のセキュリティは大丈夫なのか? そんなことを考えながら目を閉じていると、いつの間にか意識が薄れていった。

「おいっ!起きろ!ロシュ・ハーディー少尉!」
 投げ出したブーツを蹴飛ばされて、ロシュは目を覚ました。すっかりロビーは明るくなっていて、ロシュは寝過ごしたと思った。慌てて上体を起こすが、ロビーの時計は五時前だ。目の前には見慣れない女性が立っている。階級章からすると中尉だ。ロシュは目をパチパチさせている。
「ロシュ・ハーディー少尉、目が覚めたか? 私はクレア・マーチストンだ。見ての通り中尉だ。しゃんとしろ!」
 ロシュは、むっくりと立ち上がり敬礼した。
「申し訳ありません。マーチストン中尉。ロシュ・ハーディーであります。」
 寝ぐせ頭のロシュは目の前のマーチストン中尉を見返した。背は頭半分ロシュより低い。
「うむ。貴様が補充のパイロットだな。私は会合でこちらに来ていた。ベルーガまで移送してやる。着いて来い。」
 キリッとした表情のまま、マーチストン中尉はくるりと踵を返し、滑走路ゲートの方へ歩き出した。ロシュは慌ててザックを担いで着いていく。
 駐機場の外れに小型の連絡機が置いてあった。チェックリストを確認していたパイロット二名は、手を止めマーチストン中尉に敬礼する。
「すまない。土産の荷物が増えた。後ろに放り込んでくれ。」
 マーチストン中尉は、後ろから着いて来るロシュを指差し、ハッチから機内に乗り込んだ。きょとんとしているロシュを、機内に入るよう促す。
 程なくして離陸した連絡機は、大きく旋回してクック湾に沿うように飛行する。眼下には青黒い海と緑豊かな平原や森林が広がっていた。ベルーガ駐屯地はアンカレジから約三百km西、キナイ半島先端にある民間のホーマー空港に併設されている基地で、アラスカ基地の先鋒を取る場所にある。
「アラスカは、初めてか?」
 不意にマーチストン中尉に問いかけられたロシュは、大きくうなずいて見せた。
「キャリフォルニアベース奪回の時は、メキシコから内陸の陽動に入っていましたが、それより北には行けませんでした。」
「貴様達が南から来てたやつらか…。私はロッキー山脈の東を南下していた。」
 一瞬、マーチストン中尉は懐かしそうな…それでいて寂しげな表情を一瞬見せた。
「そんなやつが、何故今頃、アラスカに来た?」
「メキシコの後、宇宙に上がってア・バオア・クーで終戦を迎えましたが、終戦後はアフリカに回されて…退役しようかとも思ったのですが、次はアラスカになりました。」
「経験は十分だな。少しは安心した。」
「中尉は…MSパイロットなのですか?」
「以前は前線に出ていたが…今では、もっぱら戦闘指揮が私の役目だ。貴様もわたしの指示に従ってもらうことになる。」
 数十分ほどして、海沿いにあるベルーガ駐屯地に到着すると、そのまま駐屯地本部の建物に連れて行かれた。

「こちらが、フェルメール司令だ。」
 廊下を抜け、奥まった部屋のドアをノックしながらドアを開けたマーチストン中尉は、無粋な表情を浮かべるフェルメール司令を指した。
「ノックはするようになったのだな…中尉。しかし、返事もせんうちからドアを開けるな。」
 あまり軍人らしくないフェルメール司令は、さすがにご機嫌斜めだ。
「司令、本日付でベルーガに配属になったロシュ・ハーディー少尉です。」
「ロシュ・ハーディーであります。」
 フェルメール司令は、ちらとロシュを見ると、薄い書類ケースをかざした。その襟には少佐の階級章が光っているのをロシュは見逃さなかった。
「受領はしてある。まったく…いつも好き放題やっているくせに…。よろしくハーディー少尉。」
 ロシュは改めて敬礼した。
「中尉、あまり勝手に動かんでくれたまえ。昨日のアラスカ基地への上申も、ひと言断って欲しかったな。」
 フェルメール司令は頭を抱えながら、マーチストン中尉に話しかけた。
「以前から、司令には進言していた内容です。受領して下さらなかったもので、少尉との合流ついでにアラスカ基地に出向いたまでです。」
 マーチストン中尉はぴしゃりと言った。空気は重い…ロシュは居心地が悪くなってきた。そのまま、マーチストン中尉はドア口に向かい、ロシュに退室を促すように視線を送った。
「失礼します。」
 フェルメール司令は背後で何か言っているようだったが、マーチストン中尉は振り返りもせず。ドアを閉めた。
「司令への着任挨拶は、以上だ。」
 廊下を戻りながら、マーチストン中尉は窓から見える建物を指して説明する。
「あれが、宿舎だ。少尉は三階の一番奥。一時間後にMS格納庫まで来い。以上だ。」
 悪い人ではなさそうだが…。つっけんどな態度のマーチストン中尉にロシュは少々面食らっていた。そのまま廊下でマーチストン中尉と別れたロシュは、宿舎に向かった。

 きっかり一時間後、ロシュはアフリカで着ていたボロボロの野戦服姿で、格納庫に入った。RGM-79D 寒冷地用ジムが六機並んでいる。懐かしい顔だ。ジムの足元にマーチストン中尉がいて、他のパイロットや整備班員に指示を出していた。ロシュに気づいたマーチストン中尉は、カツカツとブーツを鳴らして近付いてきた。
「夏はそれでも平気だが、冬は死ぬぞ。九月には冬服を申請して受領しておけ。」
 ところどころ血のしみも残っている野戦服を見ながら、ロシュは敬礼して応えた。
「貴様は、奥の五号機を使え。」
 マーチストン中尉の指差す方向に向かい、五号機を見ていた整備班員に軽く挨拶したロシュは、チェックリストを受け取り、機体のチェックに入った。最終のサインを行い、ロシュはヘッドギアを被って、コックピットに滑り込む。久々の量産型ジム系のコックピットだ。元々使っていたヤツは小柄だったのだろうか? シートも幾分前に寄っていたし、フットペダルも気持ち柔らかい設定だった。この寒冷地仕様のRGM-79Dをベースに、改修型のジムが要所に配備されだしていると聞く。
「ハーディー少尉、セッティングが終わったら、下の詰所に来てもらえるか?」
 無線から、他のジムのパイロットと思われる男の声がした。
「ハーディー殿とペアを組むことになったピエール・ヨハンソン少尉です。」
 モニタに映っている男は、ロシュよりも幾分若い青年だった。ロシュはコックピットハッチを開放して身を乗り出し、了解したと言う風に手を挙げて見せた。
 二分後、ロシュは格納庫内壁際に仕切られた詰所(打合せスペースのようなものか)に入っていった。マーチストン中尉の他、先ほどのヨハンソン少尉と、パイロットだろう二名が揃っていた。
「本日付で、ベルーガ駐屯基地に配属になりました。ロシュ・ハーディーです。よろしくお願いします。」
 敬礼して戸口に立っているロシュに、一同起立して返礼する。
「アレックス・バーナード少尉です。」
「エナン・ウムスク准尉です。」
「ピエール・ヨハンソン少尉です。先ほどは、どうも。」
 皆、尉官なんだ…。ぼんやりロシュは考えていた。
「この他に、ゴーズ少尉とエラン准尉が、準待機シフトで仮眠中だ。まずは座れ。」
 そうマーチストン中尉が声をかけると一同は、パイプ椅子に腰掛ける。壁に貼られたアラスカの地図を指して話し始めた。
「ハーディー少尉は、背景説明をヨハンソンから聞いておくように。明朝からアラスカ半島に潜んでいるジオン残党の索敵を再開する。ゴーズとエランは、ベルーガ防衛に残すので、貴様ら四名は五:〇〇にミディアに集合。五:三〇に目的地に向け出発する。以上だ。」

 詰所に残ったロシュは、ヨハンソン少尉から「背景説明」を受ける。あまりにも余分な事は話さないマーチストン中尉故、ヨハンソン少尉も半ば諦めた感じで、ロシュの質問を受けていた。
 一年戦争開始直後、アラスカ基地への門として機能拡張されたベルーガ基地は、地球侵攻して来たジオン公国軍潜水艦隊のアラスカ基地侵入を抑止することが主たる任務であった。大半は対潜哨戒機と対潜攻撃艦で構成された戦力であったが、終戦二週間前に自衛用戦力としてMS隊が配備された。地球各地で始まった反抗作戦で散り散りになったジオン公国軍の水陸両用MSの攻撃からベルーガ基地を守る為である。ベルーガ基地からは、アラスカ基地まで陸上移動も可能であることから、唯一の陸上侵攻ルートとして、攻撃目標に想定されている可能性があった。
 一年戦争終結間際、北極圏やアラスカ西部、ロシア東部カムチャッカ半島に残されたジオン公国軍は、大半がバイコヌール宇宙基地への脱出を試み、ユーラシア大陸を西進したが、殆どが地球連邦軍によって殲滅、もしくは武装解除された。ロシアのバイコヌール宇宙基地への退路を断たれたジオン公国軍残党は、北極基地の打ち上げ施設を奪取するか、アラスカ基地の大型輸送艇を奪って、打ち上げ施設がある地域に移動する必要があった。北極基地への攻撃は四月までの間、幾度か行われたが、打ち上げ施設に到達するには至らず、貴重な水陸両用MSを消耗するだけに終わった。残存するジオン公国軍は、アラスカ半島周辺の島々に潜んでいるらしく、輸送艦を保有していない彼らの多くは夏の間孤立している。水陸両用MS以外は、単独で海を渡れない為だ。
 一年戦争序盤のコロニー落下で北米西海岸やアリューシャン列島は壊滅的な被害を受けた。島々の多くは未だ復興もされず、破棄された街も多い。そういった所にジオン公国軍残党は潜んでいるようだ。
 バイコヌール宇宙基地が連邦軍に返還された後、北極圏周辺のジオン公国軍残党に対して、投降要請を連日行っていた。今でも短波放送で呼びかけを行っているらしい。その効果もあってか、六月までに数部隊が投降し、武装解除されたという。この時接収したMSは十一機もあった。投降したジオン公国軍兵からの情報では、潜伏している部隊は少なくても五つの小隊はあるらしく。目下これらの部隊を捜索している最中なのだ。

「実際に戦闘になって、欠員が出たのか?」
 ロシュは自分に与えられた機体のセッティングから、初期状態でなく、誰か別のパイロットが使っていたものだと確信していた。それをストレートにぶつける。
「気にはしないさ…。アフリカじゃ、前のパイロットは気が触れて逃げ出して…崖から落ちてたらしいから。」
 ロシュは、慣れっこと言わんばかりに明るく続けた。
「フランは…。前のパイロットだが…野営中にクマに襲われたらしく、帰ってこなかった。冬ごもり明けの子連れのクマが徘徊していたんだ。」
 ヨハンソン少尉は、トーンを落として話し出した。そう来たか…。ロシュはさすがに驚いた。
「アラスカは、弱肉強食ってことだな。」
「そうだ。冬になれば、凍死もありえるしな。」
 アフリカもサポートがなければ、生きて帰って来れないと言われた。メキシコはサポートがしっかりしていたから、あまり実感はなかったが、地球上でMSを運用するのは、宇宙とは違った大変さがあると、ロシュは思っていた。
「もうひとつ…ここの司令と中尉は、折り合いが悪いみたいだが、何か方針の違いでもあるのか?」
 ロシュは、もうひとつ疑問に思っていたことを、ヨハンソン少尉にぶつけてみた。
「フェルメール司令は、もともとホーマー空港の責任者で民間人だったんだ。アラスカ基地に掛け合って司令の地位を得たんだが、戦略に関しては正直、無頓着な人だ。あと一年ちょっとで退役だから、このまま何事もなく職務を終えたいらしい。方やアラスカ基地から飛ばされた中尉は心配性な人だから、目の前にいるジオン残党が、いつ襲撃してくるか気が気でないらしい。今更、事は起こさないだろうと思うんだけどな。実際MSを六機も揃えたが、全機で稼動したことなんか、今の一度もないよ。キャリフォルニアベース奪回後は、ここいらのジオンの連中、皆ロシア方面に逃げて行っちまったからな…。」
 つい、ヨハンソン少尉も本音が出てしまったのか、少し言い過ぎたというような顔をした。
「他には言わないよ。俺も…ここの長閑さと中尉のギャップは、奇妙に見えるから。」
 どうも、最近は人間関係に恵まれてないようだ。ロシュは心の中で笑った。しかし、ちゃんと一パイロットとして扱ってもらえるなら…まだ、マシだ。そう納得することにした。それにヨハンソン少尉は、悪いやつじゃないようだ。もう少し、戦後処理に付き合うか。ロシュはもう一度前向きに考えてみることにした。

 翌朝、五:三〇に離陸したミディア輸送機二機は、ロシュ達のMS四機とホバートラック二台を格納し、ベルーガ基地を離陸した。夏の間日照時間が極端に長い為、日の出からは三時間ほど経過し、アラスカの山並みがはっきりと見える。
 出発直前のブリーフィングで、ベースキャンプの設営はアラスカ半島の沿いのユナラスカで行うことになっていた。旧世紀は空港もある都市だったが、今は小さな補給設備を有する連邦軍の施設と漁業基地に隣接した街がある。ユナラスカを目指してアラスカ半島に沿って飛行していると…夏とは言え、標高が高い地域には雪で真っ白になっているのが目に入った。ユナラスカ周辺には多くの島々がある。海面上昇や先のコロニー落下による津波の影響で、小さな島や岩礁は無数に存在していた。とある島では、ジオン残党らしき団体が活動している様子が高高度偵察でわかっていた。明確に撮影されて訳ではないが、MSの補修パーツらしき物品が確認されたことで、MSが残存している可能性が極めて高い。ここ数日不審な船舶の出入りもあり、ジオン残党が集結している可能性もあった。
 青黒い海に浮かぶ、白と深い緑のコントラストのアラスカ半島の陸続きの部分を飛び越え、島伝いに南西へ進んで一時間ほど経って、ようやく目指すユナラスカに到着した。決して長くはない滑走路に並べられたミディアからは、積載してきたMSやホバートラックをはじめ、食料や補修パーツなどのコンテナも運び下ろされる。当然ここには、MSが入るほどの格納庫はない。敷地の外れにジムを並べたロシュは、少し涼しい空気の中、湾の向こうに広がる長閑な漁村風景に気持ちを和らげていた。

 一ヶ月ほどの島暮らしで、周囲の島々の捜索が行われたが、結局ジオン公国軍残党を摘発するには至らなかった。例の島のジオン残党と思われていた集団は、この地に流れてきた海賊まがいの連中とジャンク屋だった。唯一の大捕り物と言えば、海賊連中との戦闘で…ロシュがMSのマシンガンのトリガを絞ったのは、海賊の小型船に威嚇発砲した時だけだった。逮捕した中には、ジオン公国軍の脱走兵も含まれていたが、この付近にに潜伏しているというジオン残党との背後関係は確認できなかった。
「もっと、カムチャッカよりに潜伏しているかもしれませんね。」
 明日、ベルーガ駐屯基地に帰還というところで、最後のミーティングを行っている最中、ウムスク准尉はつぶやいた。
「サハリン基地や北極基地では、この一ヶ月、ジオンの動きは観測されていないようです。ノーム基地も同じです。」
 バーナード少尉は報告書をタイプしながら、マーチストン中尉に声をかけた。マーチストン中尉は、面白くないのだろう…椅子に深く腰掛け、足を投げ出して考え込んでいた。まあ、周囲の島民が困っていた海賊を一網打尽に出来たことが幸いだ…。ロシュはそんなことを考えていた。やはりマーチストン中尉の取り越し苦労だったのかもしれない。残ったジオンの連中は、ユーラシア大陸に逃げ延びたか、各島で人生の再スタートを切っているのかもしれない。アフリカのように何処かで集結し、次の機会をうかがっているのかもしれないが、終戦から半年以上経ち、物資の供給を得られない今、徹底抗戦を維持出来るとは、正直ロシュも考えていなかった。
 その日の夕刻(といってもまだまだ明るいのだが)、ベルーガ駐屯基地から連絡機が到着し、マーチストン中尉には、フェルメール司令から出頭要請が出ているとのことで、マーチストン中尉のみ先に帰還して行った。ロシュら四名は滑走路でそれを見送ると、呼び出しの理由を話し合う。やはり、空振りの影響なんだろうということで落ち着いてしまった。
「なあ、何故、中尉はあんなにもジオン残党捜索に執着してるんだ?」
 ロシュが切り出すと、他の三名は顔を見合わせて話し出した。
「中尉は、アラスカ基地では大尉でMSの中隊を率いてたって話でね。キャリフォルニアベース奪回では、東海岸に逃げるジオンを追いかけていたらしい。」
「キャリフォルニアベース奪回作戦に参加してたってのは、本人から聞いたが…大尉だったってのは初耳だな。」
「追撃していたジオンの部隊に、逆に返り討ちにあって…中隊の半分を失ったって話さ。」
「その責任を取らされて降格、そのうえアラスカ基地を追い出されて、ベルーガに来たって話だ。ゴーズ少尉とエラン准尉も一緒に飛ばされたって言ってたよ。」
「俺達は、戦後にこっちに配属になったから、詳しくは知らないんだけどな。今でも、その時戦死した部下の認識票、持ってるっていう話さ。」
「戦死したパイロットの中に、恋人がいたって噂も聞いたぜ。」
「以来、中尉はジオンを憎んでいる。執拗に残党狩りを続けようとしているという話だ。」
「もう少し、愛想がよければいい女なんだけどな。」
 本人がいなくなると、急に盛り上がってしまったが…三人の話には同情に似た気持ちが含まれていた。一見冷徹に見えるその裏には、部下思いの情があるのは間違いなさそうだ。

「中尉、海賊狩りご苦労。」
 フェルメール司令は、皮肉っぽい台詞をマーチストン中尉に投げ付けた。今の彼女にとっては屈辱的な台詞だろう。顔色ひとつ変えていないが、拳は握り締めていた。
「繰上げで帰還してもらって申し訳ないが、ベルーガ駐屯基地の規模縮小が決定した。君のMS部隊も解散の予定だ。」
 マーチストン中尉の表情が変わった。キッとフェルメール司令を睨みつけている。
「誤解しないでくれたまえ、これは北米司令部からの通達だ。君が以前いたアラスカ基地も、同様に規模縮小を行うらしい。連邦軍の軍事費支出もままならないからな。戦後保障に巨額の費用がかかってしまうのは、君も理解出来るだろう。」
 見かけ上、同情するような物腰で、フェルメール司令はマーチストン中尉に諭した。
「今すぐ、解散しろとは言ってない。来年の四月までに当基地の縮小を行う。MSは資材解体や搬出に使えるから、君の部隊は三月までは、ここにいていい。以前のような哨戒基地に戻すのがゴールだ。明日から各部署の責任者と、スケジュール作成に入ってくれ。以上だ。」
 ひと言も発しないで、黙って聞いていたマーチストン中尉は、ひとつだけ問いかけた。
「撤収後、部下の再配置先は…。」
「今のご時世で、MSパイロットが重宝されるのは宇宙くらいじゃないのかね。戦争は終わったんだよ。中尉。」
 マーチストン中尉の言葉をさえぎるように、フェルメール司令は答えた。

 ベルーガ駐屯基地縮小のことを、マーチストン中尉から聞いたのは、ユナラスカ遠征から帰った翌日だった。前日からマーチストン中尉は、他の部隊長らと会議室に篭りっ放しだったが、夕方、詰所にふらりと立ち寄った。マーチストン中尉は不意に削減計画のことを話し出した。これにはヨハンソン少尉、ゴーズ少尉、エラン准尉も驚きを隠せなかった。ロシュに至っては、せっかく新しい働き口が見つかったと言うのに、来年の春までなのか…と少々失望気味だった。
 定常の哨戒任務は十月まで、以降は周辺基地縮小に伴う資材搬出の応援、翌U,C,0081に入ってからはベルーガ駐屯基地の資材撤去、搬出作業を行うことになったそうだ。当然、先日のような遠征も当面ありえない。ジオン残党の攻撃があった場合はこの限りではないが、ロシュがジオン残党に会わずして、この地を離れるケースは十分にあった。
 MSは搬出作業機材として活用できる為、暫くここに残ることになるが、余剰の哨戒機や対潜艇を所有する部隊は、早々にサンディアゴの軍港に移動、部隊解散となるらしかった。
「運送屋か…。せっかくのジムが泣くなあ。」
 ゴーズ少尉は、ついこぼした。

 十月に入って、アラスカは日も短くなり、めっきり寒くなってきた。支給された防寒服でも夜間は堪える寒さだ。雪が降る日もあった。電動マシンガンに換装後のセッティングを済ませたロシュは、薄暗い基地の敷地を宿舎に急いでいた。たぶん、冬季用の電動マシンガンも実際に使うことはないんだろうな…。ふと、そんな思いもよぎる。こんな日は、酒を飲んで早めに寝ちまうに限ると、曇り空を仰いだ。宿舎の個室はヒーターをガンガンに回しても寒い。これで真冬になったら、耐えられないな…と思う。
 滑走路には、こんな日でも着陸してくる飛行機がいくつもあった。民間のホーマー空港と滑走路を共有している為だ。アラスカでは軽飛行機は車代わりに使われており、それに伴って、民間機の離発着数も多い。それと比べて軍施設側の駐機場や格納庫は閑散としていて対照的だった。
 来週からは、あの格納庫も自分達が解体することになるのかと思うと、何か不思議な感じがする。ひと足先に昨日からゴーズ少尉とエラン准尉は、ノーム基地の軍港に派遣されている。大型輸送船に余剰資材や弾薬を積み込む手伝いをさせられるのだ。空港施設と港からなるノーム基地も、やはり民間併用の為、武器弾薬庫や余剰格納庫の撤去、資材や武器弾薬の移送に伴う搬出作業が発生している。これらは連邦軍だけでまかなう訳には行かず、アラスカ中の輸送会社支店が駆り出されており、ノーム基地、基地周辺は基地創設以来の活気に沸いていた。ロシュやヨハンソン少尉も、十一月初旬のベルーガ基地の格納庫解体の後、ノーム基地に応援に行くスケジュールになっていた。訓練計画表に記載されている解体作業予定を見て、ロシュとヨハンソン少尉は建設業を営んでいる錯覚に陥って、思わず笑い合ったものだ。
 ロシュが宿舎の個室のヒーターを入れ、寒さに身を縮じこませている時、不意にインターフォンが鳴った。応答するとヨハンソン少尉からで、MSでの待機命令が出たという。詳細は集合後にマーチストン中尉から説明があるらしかった。ロシュは渋々寒い外に再び出ると、格納庫まで走っていった。吐く息が白く流れる。
 少し前まで殆どの明かりが落とされていた格納庫は、今は照明が入り、整備班員が忙しなく動き回っていた。駐機場にはミディアが回されて来て、暖気運転が開始されている。

「ロシュ・ハーディー到着しました。」
 詰所に飛び込むと、マーチストン中尉とヨハンソン少尉、ミディアのパイロットがいた。直後にバーナード少尉とウムスク准尉が入ってくる。
「ヨハンソンとハーディーは準待機のところで申し訳ない。今しがた入ってきた連絡で、ノーム基地がジオン残党と思われる集団に攻撃を受けているという話だ。」
 マーチストン中尉は、アラスカの地図のノーム基地を指して話し出した。
「知っての通り、ノームにはゴーズとエランが応援で行っている。恐らく迎撃に参加しているだろう。ヨハンソンとハーディーのジムをミディアに積載し、支援に向かう。」
「敵の規模は?」
 ジオン残党と聞いて、顔つきが変わったロシュは、即質問した。
「状況確認中だが、MSが数機。また、複数個所で爆発が起きているらしい。工作員による爆破工作も同時進行していると思われる。」
「やつらの狙いは、何でしょうか?」
 ヨハンソン少尉も質問する。
「…!、輸送艦。」
 ロシュは、ひらめいたと言わんばかりに声を上げた。
「恐らく、そうだろう。バーナードとウムスクは、ベルーガで待機だ。ここも安全だと言う保障はない。」
 ロシュの答えを肯定したマーチストン中尉は、詰所のドアを開け、格納庫にいた整備班長にミディアへのMS搬入の指示を出した。同時に各パイロットは準備作業に入る為、詰所を後にする。
「さて…。」
 マーチストン中尉は、深呼吸すると詰所の電話から、フェルメール司令の部屋に電話をかけ、ノーム基地への出撃とベルーガ基地の第二種警戒態勢移行を打診した。
 第二種警戒態勢を告げるアラームが基地内に響き渡った頃、二機のジムはミディアに搬入されていった。
「間に合うと思うか?」
 ヨハンソン少尉は、ミディアに乗り込みながらロシュに問いかけた。
「多分、戦闘は終わっている頃だろう。撃退していればいいが。」
 ベルーガ基地からノーム基地まで、約九百㎞…山脈を越え、直線飛行した場合だ。この季節、恐らく迂回しながら海岸線を飛行すると考えれば、三時間近くかかる。シートの一番後ろの列にはマーチストン中尉が防寒コートをまとって深々と座っていた。その瞳には、確かに殺気にも似た光が宿っている。当然、フェルメール司令はいい顔をしなかっただろう。きっと、また無下に自分の作戦を押し通したに違いない。ロシュはそう思った。程なく、ミディアは離陸し、すでに雪と氷に閉ざされつつあるノーム基地に向かって北上した。
 途中、アラスカ山脈にあたり、ここからは山脈に平行して進む。強い季節風に流されないようにミディアは悲鳴を上げながらも、高度を取りすぎることなく進む。キャビンの揺れはひどいものだった。一時間ほど経過し、正面にベーリング海を捉えたはずだが、暗い闇の中、雪の混じった風で海面が見えない。ミディアからノーム基地にコールするが、混乱しているのか応答がない。

「キャプテン、ノーム市街のセンターパークに着陸してくれ。MSを降ろした後はノーム空港で待機だ。空港が危険と判断した場合は、ここで合流しよう。」
 マーチストン中尉は着陸指示を出した。センターパークは港に近く、ゴーズ少尉らも港にいるはずだった。
 港上空を通過した際は、眼下に幾つもの黒い煙が吹き上げているのが確認出来た。すでに積雪がある夜のセンターパークには人出もなかった。港は攻撃を受けているが、幸い市街に被害はない。雪煙を上げてパーク内にミディアが着陸すると、周囲の住民が戸口から顔を出して、MSが降ろされるのを見ている。マーチストン中尉はホバートラックでコンテナから飛び出していった。すぐさまジムを起動したロシュとヨハンソン少尉は、ホバートラックを追って、住宅密集地を回り込みながら港に向かった。
 ロシュはゴーズ少尉とエラン准尉に無線で呼びかけた。無事ならば応答がある筈だが、返答がない。港の貨物区画まで進行すると、炎に照らし出され、無残にも倒壊したコンテナや倉庫がモニタに映った。周囲には交戦している痕跡はない。
「中尉!ゴーズです。エランがやられました。」
 不意にゴーズ少尉の声が無線から流れた。マーチストン中尉が返答しているようだ。潰れて黒煙を上げている倉庫には、ザク2の残骸が横たわっていた。上半身はビーム・サーベルで切りつけられたであろう痕跡が見える。敵が撤収して二十分ほど経過したらしいが、ザクの装甲はまだ熱く、湯気が上がっていた。資材、弾薬を搬送する為の輸送艦は、ジオン残党に奪取されたとのことで、もはや何処かに去った後だ。
 周囲の安全確保後、ベルーガ基地組はホバートラックに集まった。ゴーズ少尉の話によると、港に輸送艦を横付けして余剰資材の搬入を行っている際、ノーム空港の方で爆発が起き、ついで港湾管理棟が吹き飛んだらしい。慌てて武装を取りに戻ろうとした際に、港からMSM-07 ズゴックが二機、ザク2が二機現れた。ビーム・サーベルのみで防戦し、ザク2を一機撃破したものの、エラン准尉のジムは被弾し爆発、ゴーズ少尉のジムも戦闘不能となった。その間に工作員が輸送船に侵入、ザク2を積載し離岸していったという。
「水陸両用のズゴックが港に上がってきたのはわかるが…、ザク2はどこから来たんだ?」
 ホバートラックの中で、マーチストン中尉は静かに問いかける。
「港に所属不明の船舶が二隻放置されていて、その下に括り付けられていたらしいんです。」
「はあ?ザクを沈めてきたのか? 観測員は何を見ているんだ。」
「恐らく、ズゴックに曳航されてきたのではないかと。」
 何て事を考えるやつらだ。ロシュは面食らった。そのうち一抹の不安がよぎる。
「ベルーガには輸送船はないが、ミディアが駐機している。向こうも危ないな。」
 ロシュの不安を、マーチストン中尉は口に出した。
「ゴーズ、非常事態につきノーム基地での任務を一時撤回する。ジムを処理して撤収。エランの仇、ベルーガで取ってやる。」
 ノーム空港の被害は、管制塔と格納庫が爆破され、基地の機能は麻痺していた。ノーム軍港と同じく工作員の手によるものと考えられる。恐らく搬出作業を請け負った業者の中にジオン公国軍関係者がいたのだろう。最小限の的確な破壊活動で、ノーム基地は完全に麻痺していた。基地の通信施設は破壊されており、市街に出て有線回線でベルーガ基地に連絡を試みるが、基地には通じない。一同、嫌な予感に包まれた。
 すでに日付も変わり、風雪は一段と激しくなって来た。現状帰還するのは困難だった。マーチストン中尉は、やむを得ずノーム基地で待機することに決めた。
 
「ベルーガも襲撃されているらしい。何てことだ!」
 皆が待機しているノーム空港のホールに、マーチストン中尉が飛び込んできたのは、二時も回った頃だった。マーチストン中尉は、連絡が取れない基地ではなく、周囲に住んでいる知人を電話で叩き起こして、基地の様子を見に行かせたらしい。ベルーガ基地が炎上しているとの事だった。最初の爆発があったのはロシュ達がベルーガ基地を出発してから、約一時間後だった。
 ホールは怪我人で溢れかえっている。その中でベルーガ基地の部隊はもどかしさの中、風雪がおさまるのを待つしかなかった。
 その後、断片的に入ってくる情報では、アラスカ基地でも爆破テロがあったらしい。マスメディアから流れてくる情報では、アラスカ基地、ベルーガ基地、ノーム基地の三拠点が襲撃されたことを報じていた。戦後十ヶ月近く経ってのテロ騒動に、一様に連邦政府の対応批判めいた報道がされていた。アラスカ基地の被害は格納庫の倒壊のみで済んだらしいが、ノーム基地とベルーガ基地の被害は甚大だった。途中から報道規制が入ったのか、流れる映像が遠巻きのみになったが、それ以前に流れた映像では、金網越しのベルーガ基地内の様子があり、破損し横たわっているジムの様子が一瞬映し出されていた。機体ナンバーは映っていなかったが、バーナード少尉かウムスク准尉の機体であることは間違いない。
 その場にいた誰もが不安な一夜を過ごした。緯度が高い為、まだ夜は明けていないが、風雪が収まった頃合を見計らって、ベルーガ基地へ向けて離陸する。上空にはアラスカ基地から飛来した哨戒機がベーリング海へ向けて飛んでいった。恐らく奪取された輸送艦を追跡するのだろう。

 強い北風に乗って、山脈を飛び越え一直線にベルーガ基地を目指した一行が、薄明かりの中、カチェマック湾に面したベルーガ基地を眼下に捉えた時、未だ火災が続いていた。
「マーチストン!貴様!どこまで図に乗れば気が済むんだ!」
 着陸したミディアから、マーチストン中尉が降りるなり、駐機場に待ち構えていたフェルメール司令が怒鳴りながら駆け寄り、マーチストン中尉の左頬を殴った。フェルメール司令の頭には包帯が巻かれ、普段パリッとアイロンがけされた制服は、よれよれの上、ところどころ汚れやほつれがあった。司令も襲撃で負傷したようだ。
「ご無事で何よりです。司令。ノームでは大型輸送艦がジオン残党と思しき連中に奪われ、迎撃に出ていたジム二機が損壊、また、エラン准尉が戦死いたしました。」
 マーチストン中尉は、さすがに反論する言葉もないのか、フェルメール司令をまっすぐ見据え、敬礼して報告した。
「貴様らが勝手に出ていたせいで、この有様だ!バーナード少尉も戦死したぞ!」
 一同、どよめいた。後に生き残った整備班員に聞いた話によると、昨夜、ロシュ達が離陸してから一時間もしないうちに、軍管制施設が爆破され、ほぼ同時に哨戒機の格納庫が吹き飛んだそうだ。また港からはMSが上陸、ザク2が二機にグフが一機だったそうだ。第二種警戒態勢だった為、バーナード少尉とウムスク准尉のジムがすぐさま迎撃に向かったが、その隙をついて、消火・救助活動で手薄になっていた駐機場のミディアが奪取された。
 バーナード少尉とウムスク准尉は、ザク2を二機撃破したものの、ついで上陸してきたズゴック、ゴックの二機に囲まれ、被弾。バーナード少尉のジムは直撃で爆散、ウムスク准尉のジムもグフによって戦闘不能にされてしまった。上陸したMSは、再び海中に消えていったそうだ。負傷したウムスク准尉は、敷地内の軍診療所に運び込まれたが、重症の為、危ない状況だと言う。
 殺気立って、傍にいるのもぞっとするような形相でマーチストン中尉は、半壊した格納庫の詰所にいた。ベルーガ基地の哨戒機は、襲撃によって飛行できる状況でなく、襲撃者の足取りは、アラスカ基地から飛んでいる哨戒機の情報を待つしかなかった。ジムはミディアに積載されたままだったので、ロシュとヨハンソン少尉はミディアのキャビンで待機していた。ゴーズ少尉はマーチストン中尉と共に詰所にいるらしい。よくも、あの鬼の形相と一緒にいられるものだとヨハンソン少尉は愚痴っていた。
 午後、アラスカ基地からの報告が入ってきた。漂流しているボートをベーリング海、ノーム沖五十㎞で発見。これは、奪取された際に乗り合わせていた民間の船員と思われる。更にアリューシャン列島沖を南下中の不審貨物船を確認。追跡中とのことだ。また、高高度偵察機による情報では、ホーマー空港を離陸した奪われたミディアと思われる機影が、ユナラスカ南を西進中とのことだった。
「アリューシャン列島の外れが、やつらの隠れ家か?」
 追撃命令を待ちながら、ロシュはつぶやいた。
「今頃、輸送船盗ったって、地球上の打ち上げ施設は連邦軍が押さえているんだ。どうしようって言うんだか。」
 ヨハンソン少尉はシートに深く腰掛けて、足を投げ出した。
「アフリカも…、そうだったんだ。あいつら砂漠の奥へ奥へ逃げちまった。」
「え? アフリカはジオン掃討は完了してたんじゃないのか?」
「嘘っぱちさ。逃げられたんだ。アフリカ司令部のお偉いさん達は権力争いばっかりで、キリマンジャロ基地拡張にしか興味が無かったんだ。」
 苦々しい思い出を噛み締めながら、ロシュは吐き捨てた。
「俺がいた中東もそうだな…。上官達は出世にしか興味が無かった。どこも一緒か。」
 ヨハンソン少尉もうつむきながら、ボソッとつぶやいた。

「出撃許可が下りないのは何故です!今やつらを追えば、殲滅可能です。」
 マーチストン中尉は、フェルメール司令に食って掛かっていた。
「追撃は、サハリンから出る。うちよりもよっぽど戦力がある。」
 フェルメール司令も、今回ばかりはと引き下がらない。
「微力ながらも、東西から押さえ込めば、やつらの逃げ場はありません。」
「どれだけの燃料を抱え込んでいるかわからないが、やつらは、この極北の地からは逃げ出せん。もっとも太平洋に行ってもらって、燃料も食料も尽きて漂流でもしてもらった方が、こちらとしては弾薬を使わずに済むんだがね。」
 確かに、今の彼らに行き場はなかったと言えた。現状の太平洋沿岸地域は連邦軍が押さえている。不安定なインド洋やアフリカ沖に向かわない限り、あんな大きな輸送艦は、他のジオン残党勢力と合流出来そうもない。仮にアリューシャン列島に残るジオン残党勢力をひとつにして北極基地の打ち上げ施設を奪取したとしても、宇宙に上がってから地球軌道艦隊に迎撃されるのが落ちだ。もはや彼らには帰る道としては、投降して強制送還されるのを待った方が良いのだ。何の為に抵抗しているのか…連邦軍には推測しかねることだった。
 後日、救助された輸送艦の乗組員の証言では…彼らは意見が二つに割れていたと言う。移動手段を得た状況で、民間人になりすまし、身一つで各サイド行きのシャトルに乗り込もうとする帰還を主張する者と、近いうちに戦争が再開されるのを信じ、軍備増強と拠点確保の為の戦闘を主張する者だった。若年層の兵ほど前者を支持していたが、地球降下作戦から参加している古参兵は後者の指示に回っていた。後者は多くは無いものの、階級的に上にある者が多いようだったと複数の船員が証言している。
 徹底抗戦を主張するものの理念を、ベルーガ基地において最も理解しえたのは、マーチストン中尉だったのかもしれない。彼女の中では一年戦争はまだ続いていた。この地上から敵を一掃するまで続く、部下を失った恨みの情念そのものだったのかもしれない。今のマーチストン中尉は夜叉だった。
 フェルメール司令の部屋のドアを、いつものように乱暴に閉めたマーチストン中尉は、廊下にある電話で格納庫に連絡する。
「ウムスクのジムの修理はどうか?」
「コックピット周りの換装は終わりましたが、手足の付け替えにまだまだかかります。今晩は難しいです。」
「ミディアのヨハンソン達のジムは、そのままか?」
「はい、二人ともミディア内で待機しています。」
「ゴーズに代わってくれ。」
 マーチストン中尉は、整備班長にそう伝えると、代わりに電話口に出たゴーズ少尉に、声をひそめて指示を出した。

「ハーディー少尉、ヨハンソン少尉、マーチストン中尉から呼び出しです。司令棟のブリーフィングルームに集合との事です。」
 ミディアに整備班員が呼び出しに来た為、ロシュとヨハンソン少尉は冷え込みが更に厳しくなった機外に出た。雪を振り落としながら司令棟のロビーに入ると、急いでブリーフィングルームに向かう。ノックして部屋に入るが、誰もいなかった。不審に思ったが、二人は椅子に腰掛け、マーチストン中尉を待っていた。
 五分位してだろうか…司令棟内が騒がしいのに気づいた二人は、ブリーフィングルームのドアを開けた。廊下を慌しく走っている管制係官の話では、出撃許可が下りていないミディアが離陸していったというのだ。
 ロシュとヨハンソン少尉は顔を見合わせ、マーチストン少尉に騙されたことを悟った。きっとマーチストン中尉は単独で出撃していったに違いない。二人は上階の管制室に向かった。
 まだ、昨日の襲撃の痕も生々しい管制室では、帰還を促す管制官の怒鳴り声が飛び交う。傍らでフェルメール司令は拳を握り締め、少し前に復旧したレーダーマップ上のミディアを苦々しく見上げていたが、ロシュ達に気づくとズカズカと寄って来た。
「貴様ら! 貴様らの上官は、お前ら二人を置いて、勝手に出撃してしまったぞ! あの女、常識を超えている。」
 わあわあとわめくフェルメール司令を落ち着かせようと、管制官が取り入ってきた。どうやらロシュとヨハンソン少尉のMSを積んだまま、マーチストン中尉はゴーズ少尉を連れ、アリューシャン列島にいるジオン残党攻撃に向かったらしい。ミディアの機長は同乗しているようだが、整備班や副機長は置いていかれたようだ。
「たった二人で…どうしようというんだ中尉。」
 思わず口に出してしまったロシュの言葉を聞いたフェルメール司令は、思いついたように通信機の方に向かった。
「アラスカ基地につなげ!離陸したミディアにスクランブル要請だ。帰還しない場合は実力行使もやむを得んと伝えろ!サハリンの部隊には、手を出させるなと伝えろ! 全く、恥さらし者が!」
 実力行使…?撃墜もありってことか。ロシュとヨハンソン少尉は、フェルメール司令に取り入ろうと近付くが、逆に周りの兵に制止されてしまう。
「貴様達の部隊には、反逆の嫌疑がかかっているのだぞ! うかつなことをするな! やつらが黙って帰ってこないようなら、反逆罪、もしくは敵前逃亡だ!」
 やっかいなことになった…。ヨハンソン少尉は小銃を構えられ、渋々両手を上げて後ろに下がった。ロシュもやむを得ず、後ろに下がる。

 きっと、アラスカ基地の連中には、ベルーガ基地で暴動でも起きたんじゃないかと疑念を抱かれているに違いない。アラスカ基地の哨戒機がミディアを捕捉したのは、日付が変わって翌朝、ユナラスカの駐機場でのことだった。
 ユナラスカ駐屯地の守備隊に拘束された機長を尋問した結果、マーチストン中尉とゴーズ少尉のジムは、アリューシャン列島の外れの方、アダック島に降下したそうだ。アダックの民間空港には別のミディアが駐機しているのを見たと言う。当然機長はベルーガ離陸時から拒否していたが、銃を突き付けられ…やむを得ず離陸したと話している。開放された機長は、給油の為にユナラスカ空港に立ち寄ったところだった。
「中尉…、バーナードや、ウムスクまでやられちまって、キレちまったんだろうな…。」
 会議室に軟禁状態のロシュとヨハンソン少尉は、警備兵から中尉達の足取り情報を得て、話し合っていた。
「俺達を騙して置いて行ったのは…、きっと巻き込みたくなかったんだと思うよ。」
「中尉らしいよ。まったく。」
 ロシュ達には知らされていなかったが、サハリンの部隊は翌日にアダック島のジオン残党攻撃を行う予定になっている。旧ロシア連邦の流れを汲む屈強な艦隊が、小さなアダック島を包囲するのだ。七月の捜索では特にジオン残党の痕跡は見出せなかった。息を潜めていたのか、その後三ヶ月間で集結したのかはわからない。
「ヨハンソン少尉、ハーディー少尉、特別任務だ。」
 フェルメール司令が、不意に会議室に入ってきた。不適な笑みを浮かべている。
「この後、駐機場のミディアに搭乗し、アダック島に行け。明日四:〇〇にはサハリンの艦隊の一斉攻撃が開始される。それまでにマーチストンとゴーズを拘束しろ。生死は問わん。それで…諸君らへの嫌疑は抹消される。」
「!」
 ロシュ達は息を飲んだ。
「我々が、その任務を拒否した場合は…。」
「当然、軍事法廷だな。」
 また裁判沙汰か…。ロシュは望むところだと、反論しようとしたが、察したヨハンソン少尉に制止された。
「どうやって拘束するんですか?自分達のMSは持って行かれているし、MSは襲撃でやられちまってる。」
 ヨハンソン少尉は、ロシュの肩に手を置きながら質問する。その力は強く、ロシュを制していた。何か考えがあるのか? それとも我が身可愛さか? ロシュはヨハンソン少尉の横顔をちらと見る。
「少し前に、ウムスク機の修復が完了した。ミディアに積んである。MS一機だが、不意をつけば可能だろう?」
「上官を殺せと言うのか?」
 ロシュは、さすがに頭にきて拳を振り上げた。警備兵が一斉に小銃を構える。ヨハンソン少尉はロシュに覆いかぶさって、床に押さえつけた。
「…ロシュ、落ち着け。今は指示通りにするんだ。」
 ヨハンソン少尉は、ロシュに耳打ちした。ロシュが振り上げていた拳は、床に叩きつけられた。

 夕刻、雪は収まったものの、とっくに日は沈んで辺りは夜中のようだった。ロシュとヨハンソン少尉を乗せたミディアはユナラスカを目指して飛び立って行く。
「今から出して、止められますかね?」
 管制官はフェルメール司令に問いかけた。
「まず、無理だろう。きっと攻撃は始まってしまう。どうせ不要となる部隊だ。サハリンの部隊の足を引っ張らない程度に暴れてくれた方が、処理はしやすいからな。」
 フェルメール司令は、はなっからマーチストン中尉を止めようとは考えてなかった。厄介払いしたかっただけだった。
 ロシュはキャビンから夜空を眺めていた。上空には北極圏にかかるオーロラが見える。こんな作戦行動中で無ければ、きっと神秘的な輝きに魅了されたことだろう。しかし、今のロシュにとっては、理不尽な任務に、その妖艶な輝きがかえって不安を煽るような気がしてならなかった。
「俺がジムに乗る。雪上車でバックアップしてくれ。」
 ヨハンソン少尉は、半ばふて腐れたロシュに声をかけた。
「お前が、中尉を殺るのか?」
 仏頂面のまま、ロシュはヨハンソン少尉を見もせず答えた。
「何とか、説得してみるさ。俺だって同胞に引き金を引きたくはない。」
「今頃は…ジオンの連中、血祭りに上げているのかもしれないぜ。」
「逆にやられてなけりゃいいだがな…。言ってなかったが、中尉の左眼、あまり見えねえんだ。多分左耳も聞こえが悪いはずだ。」
「キャリフォルニア・ベース奪回作戦の時にか?」
「恐らくな…。本人は言わないけど、思い当たる節は結構ある。」
 ロシュは、マーチンストン中尉が煙たくって(というより、司令とのゴタゴタが煩わしくて)あまり、マーチストン中尉自身には関心を払っていなかった。上官のハンディに気づいていなかった自分が少し愚かに感じた。
「じゃなきゃ、欠員が出た時、補充要請なんか無理にしないだろ?自分で動かせるんだから。」
 ロシュは、ヨハンソン少尉の言葉を聞きながら、漆黒の海を見つめていた。

 ロシュ達がユナラスカで給油している頃、アダック島の北側、山の斜面に寒冷地仕様のジム二機が息を潜めて待機していた。アダック島の北側にある空港施設に奪われたミディアを発見したマーチストン中尉は、山を越えた反対側に降下し、吹雪の中、行軍したのだ。輸送艦が入港して来るのを、じっと待っていた。
 マーチストン中尉は、サハリンの艦隊がアダック島を取り囲むのは知っていったが、その前に輸送艦が入港してくれるのを祈っていた。もう自分に戻れる場所が無いことは覚悟していたものの、ゴーズ少尉を巻き込んでしまったのは、心が痛かった。
「中尉、船舶無線を傍受。暗号文らしきものなので、きっとノームを出たやつでしょう。」
 ゴーズ少尉は、輸送艦の無線をキャッチした。比較的アダック近郊に来ているようだ。
「サハリンの連中の位置が気になるが、輸送艦が接岸したら攻撃を開始する。戦力差は大きいが、ベールガを襲撃した三機が起動する前に仕留める。輸送艦のMSが、どれだけ早く出てくるかだな…。」
 ミディアの機影はレーダーで捕捉されたはずだ。向こうも警戒しているに違いないが、これまで別段動きが無いことに、警戒を緩めてくれる可能性を期待していた。マーチストン中尉らは、ジオン残党が港横の大型倉庫にMSを隠していると読んでいた。ベルーガ基地から奪ったミディアはアダック空港に駐機されたままだったが、空港から港に続く道路に、大型貨物を運んだタイヤの溝と、MSの足跡らしい痕跡を確認している。この位置についてから降雪は幾分穏やかになっているので、ミディアから搬出されたものに違いないと見当をつけていた。
 ベルーガ基地を襲撃したジオン残党は、二手に分かれ脱出したものの、その後ミディアはMSを収容する為、アラスカ半島に着陸している。海中から合流したズゴック、ゴックと曳航されてきたグフは、ここでミディアに積載された。恐らく最低でも二往復はしたはずだ。
 確かにマーチストン中尉の読みの通り、MSは港に向かったが、ひとつ盲点があった。ズゴックとゴックは、輸送艦の護衛の為に洋上に出ていたのである。今、マーチストン中尉が狙っている倉庫には、ほぼ氷付けのグフしか置いてなかったのである。また、昨夜アダック島を旋回したミディアに関してジオン残党は捕捉していた。恐らくMSを降下させてくるだろうという見方が強かったが、ミディア一機のみという編成に大した脅威は感じていなかったのは事実だ。
 彼らは、救助された輸送艦乗組員の証言通り、この海域から脱出する組と、反抗作戦を企てようとするものとで二分していた。前者は奪ったミディアを用いて日本に渡り、香港から民間機で宇宙へ出ようと考えていた。後者はノーム港から物資を奪ったことで、かなり勢いづいており、このアダックに一大拠点を築こうと息巻いていた。
アダック島は、もとは水産業を中心とする自治体があったが、一年戦争開戦時のコロニー落着において、全島避難勧告が出され、殆どの住民がアラスカに避難している。その後、帰還許可が下りないまま一年以上経過し、アダック島は北米から逃げ延びたジオン公国軍兵の拠点と化していた。七月に実施されたベルーガ基地からの偵察の際は、周辺の島々に隠れているジオン残党からの通報もあり、事前にその痕跡を一切隠匿した。水陸両用を問わずMSは全て海底に隠され、生活の場は旧世紀の原住民族の住居跡である島中心にある洞窟に移されていた。本来のアダックの街は、ただの荒れ果てた港町にしか見えなかったのである。
 マーチストン中尉らは、この巧妙な手口を使ったジオン残党にまんまと騙されたのである。

 三時を回った頃、輸送艦が入港してきた。二隻のタグボートに曳航されている。やがて桟橋に近付くと、ゆっくりと接岸した。
「ゴーズ、行くぞ。」
 マーチストン中尉は合図を送ると、斜面からジムを起こし、一気に港口にジャンプさせた。ゴース少尉のジムも続く。着地間際に倉庫街にマシンガンの弾をばら撒いた。突然の襲撃にジオン兵は慌てて叫んでいた。サイレンがなり響き、要所の建物の明かりがつく。マーチストン中尉は、足元のジオン兵に目もくれず、目星をつけた倉庫の壁を引き剥がし、中にマシンガンを撃ち込む。破片が飛び散る中、マーチストン中尉がモニタ越しに見たのは、ボロボロになっていくグフ一機のみだった。
「ゴーズ! ズゴックが他の所にいる! 周囲警戒!」
 マーチストン中尉が叫ぶのと同時に、海面からミサイルが飛んできた。輸送艦護衛についていたズゴックとゴックからの攻撃だ。
「畜生!」
 ゴーズ少尉はジムの機体を翻し、ミサイルをかわす。マシンガンの照準を海面に向けるが、ズゴックの姿はまだ現れない。マーチストン中尉は輸送艦のブリッジに発砲した。粉々になり、煙を上げるブリッジから何人かのジオン兵が飛び降りる。同時に輸送艦のハッチを押し破るようにしてザク2が立ち上がった。マーチストン中尉は輸送艦に飛び移りながら、ビーム・サーベルを引き抜く。バランスが悪かったが、見事にザク2の頭を溶断した。
 その隙を海中のMSに狙われないように、ゴーズ少尉がカバーに入る。ザク2が輸送艦に仰向けにひっくり返るのと同時に、桟橋に飛び移ったマーチストン中尉のジムは、次のMSを待ち構えるように低く構えた。
 不意に桟橋の横からゴックが浮上し、メガ粒子を照射した。寸でのところでかわしたマーチストン中尉であったが、シールドが一部溶けていた。ゴックはそのまま、巨大なクローを掲げ、マーチストン中尉のジムに突っ込んでくる。シールドでかろうじて防いだものの、バランスを崩してよろけてしまう。間髪入れず、ゴーズ少尉がマーチストン中尉のジムの左側にカバーに入った。
「すまない。ゴーズ。」
「言いっこなしでさあ。」
 反対側からズゴックがビームを撃ち込んでくる。至近距離から放たれたビームはカバーに入ったゴーズ少尉のジムの右腕を吹き飛ばした。
 煙を上げる輸送艦から、ザク2を押しのけてズゴックが這い出てきた。形勢的にはマーチストン中尉らはかなり不利だった。

「艦長!アダックの港に火が見えます。例のアラスカのやつらかと。」
「うむ、余計なことをしおって。全艦、艦砲射撃準備!湾を包囲せよ。逃げ出す船や航空機には発砲を許可する。」
 サハリン基地の艦隊はアダック島を取り巻いていた。本隊はアダック港を囲むように配置されている。混乱の中、ジオン残党は、その存在に気づくのが遅れたようだ。
「MSは、まだ揚陸させるな。全艦発砲!目標は港街。民間人はいないはずだ。どこでも構わん。撃ち込め!」
 轟音と共に各艦からの砲撃が、アダックの街を襲う。マーチストン中尉らは何が起きたのか察しがついた。
「ゴーズ!向こうの丘まで、一時撤退!飛べるか?」
 向かってくるズゴックを振り払って、二機のジムは後ろにジャンプする。運悪く、そのズゴックに砲弾が直撃し、大きな爆発が起こった。爆風でゴーズ少尉のジムはバランスを崩し、建物に墜落する。なおも砲弾は雨霰のように、降り注いできた。このままでは味方にやられかねない。
「あいつら、俺達がいること知っててやってやがるんだ!」
 ゴーズ少尉は悪態をついて、機体を起こした。港に上がってきたゴックとズゴックは海中に逃げ延びようと、桟橋に戻っていった。
「逃がすか!」
 マーチストン中尉は砲撃の中、マシンガンをばら撒く。ゴックのランドセルに直撃し、ゴックは前のめりに倒れた。そこをすかさず、ビーム・サーベルを突き立てる。
「中尉!ここから撤退しないと!」
 ゴーズ少尉のジムは、マーチストン中尉のジムを連れ戻そうと、瓦礫の中を桟橋に向かって動き出した。
「ゴーズ!後ろだ!」
 マーチストン中尉が叫ぶのと、ゴーズ少尉が機体に衝撃を感じたのは、ほぼ同時だった。輸送艦から這い出たもう一機のズゴックは、回り込んで背後からゴーズ少尉のジムにクローを突き入れたのだった。メリメリと歪むコックピットで、ゴーズ少尉の絶叫が響いた。それはマーチストン中尉にも無線を通して聞こえた。
「ゴーズ!」
 マーチストン中尉は、動かなくなったゴックからビーム・サーベルを引き抜くと、そのままズゴックに向かってダッシュした。

「始まってんぞ! すごい砲撃だ!」
 ロシュ達が乗っているミディアの副機長が無線を通じて叫ぶ。
「港の外れの駐車場跡地に降りれそうか?」
 ロシュは地図を見ながら、降下ポイントを探す。」
「行けそうだ! あ! 別のミディアが離陸していくぞ!」
 丘の向こうのアダック空港から、ミディアが離陸するのが目に入った副機長は叫んだ。
「それ、持っていかれたやつだ! あいつら逃げるつもりだ!」
 ヨハンソン少尉はジムのコックピットで叫んだ。離陸したミディアは湾の反対側を抜けようと山を越えていく。その直後、サハリン艦隊のものだろうか、ティンコッドの編隊がミディアを追っていくのが副機長の視界に入った。
「インターセプトされてる。多分…逃げ切れない。」
 ロシュ達のミディアは、港から離れた水産業組合ビル跡地にある駐車場に着陸した。貨物ゲートがすぐ開けられ、ロシュの乗る雪上車が外に飛び出した。続けてジムを積載したトレーがせり出してくる。ミディアの尾翼に当たらないように上体を起こしたジムは、マシンガンとシールドを手に取り、立ち上がった。港中央では爆発光がいくつも上がっている。
「マーチストン中尉!ハーディーです。戦闘を中止して下さい!」
 ロシュは無線で、マーチストン中尉らに呼びかけた。双眼鏡で機体を探すが、動いているジムは一機で、あとはズゴックが二機だった。洋上からはジムを積載した揚陸艦が四隻以上向かってくるのが見えた。
「ヨハンソン! ジムが一機しか見えない。ズゴックに取り囲まれている。この距離から狙えるか?」
「馬鹿言え! 一八〇㎜砲じゃねえんだ。届くか! 近付くぞ!」
 ヨハンソン少尉はジムを前進させた。雪上車の武装は機銃だけだ。今のロシュには、ヨハンソン少尉に座標情報を与えることしか出来ない。歯痒かった。
 スラスターを吹かして一気に近付いたヨハンソン少尉は、背後からズゴックにマシンガンを浴びせた。背中のバックパックが吹き飛び、火を吹き上げながらズゴックは前のめりに倒れる。
「マーチストン中尉、ゴーズ少尉、西側にミディアがあります。引いて下さい!」
 ヨハンソン少尉は残るズゴック一機と、文字通りど付き合いをしているジムに無線で呼びかけた。マーチストン中尉のジムは左手首が全壊し、頭部も破損していた。ヨハンソン少尉は隙をついて、ズゴックの背後に回りこむと、ズゴックを羽交い絞めにした。
「ヨハンソンか! そのまま動くな!」
 マーチストン中尉は、ヨハンソン少尉のジムのビーム・サーベルを引き抜くと、二歩ほど下がってズゴックに突き立てようとした。
 その時だ。遠めに見ていたロシュも何が起きたのか一瞬理解できなかった。上陸してきたジムの一斉掃射が、ヨハンソン少尉のジムごとズゴックに命中していったのである。当然、マーチストン中尉のジムも被弾し、頭部や右腕、右脚がバラバラになって吹き飛んだ。ズゴックの胴体は直撃を受け、装甲が吹き飛び周囲に散乱する。衝撃でヨハンソン少尉のジムはズゴックごとひっくり返った。直後、ズゴックは爆発する。
「ヨハンソン!」
 ロシュは、雪上車から飛び出した。爆発はジムをも巻き込み、港に大きな爆炎があがった。上陸してきたジムは、ほぼ瓦礫の山と化した港街を通り抜け、周囲の無傷の建物を破壊していく。中にはジオン残党が隠れているのも見えたが、構わずマシンガンでなぎ払われていった。ロシュは転がっているマーチストン中尉のジムの所まで走っていった。コックピットに直撃していなければ無事なはずだ。
 横たわっているジムは余熱もあり、周囲の雪や氷が溶け出して、地面はグチャグチャだった。コックピットハッチの強制排除レバーをブーツで蹴っ飛ばし、吹き飛ぶコックピットハッチをよけたロシュは、コックピット奥のシートにもたれているマーチストン中尉に声をかけた。
「中尉!ハーディーだ。生きているか!」
 マーチストン中尉の頭がわずかに動いた。ロシュはコックピットに入り込むと、怪我の状況を確認する。裂傷はあるようだが、骨折の有無はわからなかった。シートベルトを外すと、マーチストン中尉は小さくうめき声を上げた。そのまま肩を担ぐと、コックピットから引きずり出す。吹き飛んだハッチにマーチストン中尉を座らせると、ヘッドギアをそうっと外した。金色の髪の毛が襟足まで零れ落ちた。
「中尉、ひどく痛いところはあるか?」
「ハーディーか…? どうして、ここにいる?…ヨハンソンはどうした?」
 マーチストン中尉の視野の外れに、上半身が爆散したジムが入った。同時に混濁していた意識がはっきりしてきたようだ。
「おのれっ! ゴーズはおろか、ヨハンソンまで!」
 立ち上がろうとするマーチストン中尉は、バランスを崩してひっくり返った。ロシュは、それを受け止めると、再び座らせる。手足は骨折してはいないようだが、帰還後に検査はした方がよさそうだ。
「中尉、無理はするな。まだ、奥では戦闘が続いているが、ジオンは殆ど撃退されたようだ。向こうの雪上車まで歩けるか?」
 ロシュは諭すように、マーチストン中尉に話しかける。小さくうなずいたマーチストン中尉はゆっくりと腰を上げた。ロシュの肩を借り、ふらふらのまま雪上車まで歩いたマーチストン中尉は、崩れるように後部シートに倒れこんだ。ロシュは暖房のスイッチを入れ、荷室に丸め込んであった毛布を引っ張り出してマーチストン中尉にかけた。そして助手席のシートに投げ出してあったコーヒーのポットを取り出す。
「私は…私は、軍人失格だ。」
 マーチストン中尉は、前髪で目を隠したまま呟いた。
「中尉、コーヒーしかないが…。」
 ロシュはカップにコーヒーを注ぐと、後部シートのサイドテーブルに置いた。
「アメリカでは部下を救えず、アラスカでも部下を死なせた。私は…ジオンも憎いが、今となっては…自らの敵が、ジオンなのか連邦なのかも、わからなくなってきた…。」
 マーチストン中尉の声は、小さく震えていた。彼女と同じような思いは、ロシュにも経験があった。
「明確な敵を持たない軍隊は、内部から腐敗していってる。どこでも一緒のようだ。」
 外での喧騒はひと段落着いたようで、瓦礫と化した港湾部以外は、静かな冬の情景に戻っている。
「ハーディー少尉、サハリンの艦隊から出頭要請が来ています。」
 不意に雪上車の無線から、ミディアの副機長の問い合わせが来た。しょうがない…。ロシュは、ひと息ついて返答しようとした。
「あいつらが、ヨハンソンを!」
 マーチストン中尉は急に激高し、ダッシュボードに置いてあった銃を取ろうと、身を乗り出してきた。反射的にロシュは、マーチストン中尉の腕を押さえ込む。
「駄目だ! 中尉! そんなことをしても何にもならない!」
「離せ! ハーディー! 私は、私はっ!」
 ロシュはシートから身をせり出して、マーチストン中尉の両腕を押さえた。
「しっかりしろ! クレア・マーチストン! そんな事じゃあ、やつらの思惑通りだ!」
「私は…あの場で殺されてしまった方が、よかったのかもしれない…。」
 マーチストン中尉は力無く、シートにへたり込んだ。
「中尉、あんた戦死するかい? このまま捕まって帰って禁固刑と、どっちがいい?」
 ロシュは、ふと思いついてマーチストン中尉に声をかけた。それを思いついた自分が意外だったが、今はそうした方がいいと決めた。
「クレア・マーチストン、あんたは、この戦いで戦死したんだ。そのまま軍から離れろ。田舎に帰って、結婚でもするんだ。戦争は忘れろ。」
「はあ…? ハーディー、何を言っている…?」
 あまりにも素っ頓狂な言葉に、マーチストン中尉は呆然とロシュの顔を見上げていた。ロシュは無線機のマイクを取ると、ミディアに返答する。
「了解だ。ヨハンソンのジムがやられた。検証にいった後、桟橋に向かうと伝えてくれ。」
 そう言ってマイクを置いたロシュは振り返ると、アラスカ着任以来いちばんの笑顔で、マーチストン中尉に声をかけた。
「案外こうしてみると、あんた、いい女だぜ。ちょっと行ってくるから、ウロウロと外に出るなよ。ここから出ちゃ駄目だ。」
 ロシュは、あっけにとられているマーチストン中尉を残し、再びジムの残骸がある場所に向かう。上陸してきたサハリンのジムは、三機を港に残し、残りはアダック空港に向かったようだ。港では輸送艦の立ち入り検査が行われている。桟橋には生き残りのジオン兵が数名並べられていた。
 無残にも破壊されたヨハンソン少尉のジムを遠めに見て、ロシュは心が痛くなるのを感じた。もし、これに乗っていたのがヨハンソンじゃなくて、自分だったら…。そう考えると身震いしてきた。跡形もない同僚に、せめてもの哀悼の意をと、胸に手を当て黙祷する。
 次に向かったのはマーチストン中尉の機体だ。もとは自分の機体だったようだ。ということはゴーズ少尉がヨハンソン少尉の機体に乗っていたのか…。辺りを見渡すと、三百mほど離れた位置に、ジムらしき残骸があるのが確認できた。
 ロシュは、くすぶり続けている機体に近づくと、少し前にマーチストン中尉を引きずり出したコックピットに潜り込んで機器をいじりだす。プロペラントシステムをダウンさせ、燃料バルブのセイフティを解除し手動操作でバルブを開放した。こういう裏技は評価時代に習得したものだ。すばやくコックピットを離れると、走ってゴーズ少尉の機体のある方へ逃げる。通常の自爆設定だと、万が一レコーダが残ってしまった場合、記録が残る。今、ロシュが行ったのは、スラスター用の燃料をリークさせて爆破してしまう方法だ。もちろんセイフティの解除には専用コードが必要となるが、ロシュは着任後間もなく、別のコードに書き換えていた。
 五分位したら…着火して爆発するだろう。いや気温も低いから、もう少しかかるか? リアクタは停止しているので、痕跡を消す程度の爆発か…。ロシュは腕時計を見ながら、ゴーズ少尉の機体を確認する。コックピットは何かで貫かれたのだろう、跡形もないくらいにバラバラだった。恐らくゴーズ少尉のものだろう血のりが、幾つかの部品に付いている。
 こういった光景に見慣れてきている自分が、やたらと腹立たしかった。ゴーズ少尉の遺体の回収を断念したロシュは、同じく黙祷し、桟橋に向かった。その途中でマーチストン中尉が乗っていた、元ロシュの機体が爆発した。ロシュは振り返り黒煙を仰ぎ見る。
 桟橋には、連邦海軍の軍服を来た士官達が待っていた。
「遅れて申し訳ありません。少佐。アラスカ方面隊、ベルーガ基地所属のロシュ・ハーディーであります。」
 ロシュは敬礼して、一番階級の高い将校に声をかけた。
「サハリン基地のレシチェンコだ。君らの事は…作戦終了間際に本部から連絡があった。誠に遺憾だった。」
「いえ、我々の一部隊の独断専行で、サハリン隊の作戦にご迷惑をかけてしまい、大変申し訳ありません。」
 腹の中では、お互い異なることを考えているのだろうとロシュは思いながら、この場を取り繕うことを優先した。
「ベルーガから逃走した者の逮捕を命じられ、この地に来ましたが…すでに彼らは、ジオン残党との戦闘で死亡しておりました。残念なのは…取り押さえに入った我隊の兵が巻き添えで戦死したことです。」
「うむ、勇敢なパイロットだった。あの状況下で任務を全うしようとしたパイロットに敬意を表する。その件はサハリン司令部からアラスカに打診しておく。」
 お前らが、ヨハンソンを殺したんじゃないか…。ロシュは煮えくり返る思いを表に出さないよう、努めて冷静に対応した。いずれにせよ、ヨハンソン少尉は「名誉の戦死」扱いだ。遺族にはちゃんと恩給が下りるだろう。
「サハリン側の検証報告、後日ベルーガ基地にも送付いただけますでしょうか? 当方の基地司令が、私の証言を信用しない可能性もありますので。」
「了解した。三日後には速報を入れるよう善処する。」
 ロシュはレシチェンコ少佐達に敬礼すると、雪上車の方に戻っていった。

 雪上車の中では、マーチストン中尉が毛布に包まって黙って待っていた。泣いていたのかもしれない。目元が赤かった。ロシュは無言のまま、雪上車をミディアに向かって走らせる。
「私は死んだことになっているのか?」
 不意に問いかけたマーチストン中尉の声は、心なしか…か細く、弱々しかった。初めて会った時のマーチストン中尉とは全く別人のようだった。
「司令には、うまく言っておくさ。自分の部下から不名誉除隊は出したくないだろうからな。家族にも恩給が出るよう交渉してやる。」
「…。家族はいない。コロニー落としで皆死んだ。」
「そうか、なら都合がいい。別の軍籍作るか?」
「お前、詳しいな…。」
「ジャブロー時代の情報省の知り合いがいる。アフリカで部下を助ける為に使おうとした手だ。戦後の情報混乱はまだ続いているんでな。結局…交渉だけで事なきを得た。」
「そうか…。」
 アフリカ掃討作戦後、部隊が解散になったロシュは、負傷してアデン基地に入院しているフェリー曹長とゴスパノ准尉の配置先を探していた。行方不明者の軍籍など、ジャブロー統合参謀本部にはゴロゴロしていて、本人さえ望むのであれば軍籍の付け替えも可能だった。最も首謀者は評価部のトーレス・ハッシュマン技術少尉だったが…彼は、以前情報省に勤務していた関係で、その手の事情には精通していた。結局のところ、ロシュお得意の営業交渉で、キンバライド基地司令からは、フェリー曹長のベルファウスト転属と、ゴスパノ准尉のキャリフォルニア・ベース転属を獲得したのである。ほぼ、ゆすりに近いところがあったが…。そして自身は通常の補充要請でアラスカ、ベルーガ転属となったわけだ。
「今、気づいたが…。お前、さっきから上官に対する口の利き方じゃないな。」
「あんたが、ジムから引っ張り出された時から、クレア・マーチストン中尉は死んだんだ。今はクレア・マーチストンだぜ。俺らは…フェルメールから、あんたらを殺すよう命令されてたんだ。」
「あの野郎…。」
「まあ、その分なら負傷も大したことないな。行く宛てはあるのかい?」
 雪上車をミディアのコンテナに入れ、コンテナ内に雪上車を固定したロシュは、押し黙るマーチストン中尉に、コンテナのロッカーからパイロットスーツを出して渡した。
「悪いが、誰にも「あんたを持ち帰ってきたこと」を知られたくない。コンテナは与圧があまり聞かないから、こいつを着てな。俺が合図するまでは、ここを極力出るなよ。トイレも極力行くな。」
「馬鹿…。」
 マーチストン中尉は少し顔を赤らめて悪態をつく。間もなくミディアは離陸し、ユナラスカに進路をとった。適当に副機長をごまかし、比較的低空で飛行する。

 クレア・マーチストンの身の安全を確保する為に、ユナラスカ基地で一旦彼女を降ろそうとしたが、彼女が拒否した為、給油後再び、彼女は雪上車にこもった。それまで軍に身を置くことで彼女は居場所が確保できていたが、軍から離れることで天涯孤独の身の上となる。彼女にとっては、今は頼れるのはロシュ・ハーディーしかいなかったのである。いかに自分が脆いものかと、クレア・マーチストンは雪上車の中で独り落ち込んでいた。
 翌日の深夜、ホーマー空港に着陸したミディアは、ベルーガ基地の駐機場に向けて、滑るようにランプウェイを移動する。整備班員が雪上車を車庫にしまおうと寄ってきたが、ロシュはそれを断り、自分で車庫に持って行った。
「ここまで、よく辛抱したな。」
「お前に殺されなかっただけマシだ。」
 クレア・マーチストンは、すでに野戦服に着替えており、足取りもしっかりしていた。
「あと十五分で、警備班の引継ぎ時間だ。MSの格納庫は潰れてしまっていて、今は使われていない。詰所に隠れて待っていてくれ。」
 そう言い残すと、ロシュは司令棟に向かって出て行った。

「ご苦労、ハーディー少尉。速報は通信電文で確認した。ヨハンソン少尉は残念だった。君の報告を一応信用するが…正式な回答は、サハリンからの検証報告を待つとしよう。」
 フェルメール司令は、目の上のこぶが取れたのか、以前にも増してふてぶてしく、司令室の椅子に座ってロシュに応対した。
「了解しました。MS二機のみの戦力でアダックのジオン残党に向かっていったのは、自殺行為としか思えませんでした。それほどジオンに対する憤りがあったのでしょう。」
 ロシュは熱が冷めたような口ぶりで答えた。出撃前とは大違いだ。ロシュの態度が変わっていることに気づいたフェルメール司令は、ぽかんとして見上げるが、構わずロシュは続ける。
「ベルーガの貴重な戦力をもって、アダックに集結していたジオン残党のMS数機を撃破したのも中尉らです。これにより結果的にサハリン隊の貴重な戦力が損耗せずに済みました。これも事実です。」
「回りくどい言い方はよせ、少尉。」
 何を企んでいるのかと、フェルメール司令は構えているが、サハリン隊に恩を売れたことに、内心満更でもなかった。
「確かにマーチストン中尉、ゴーズ少尉の独断専行に他ならないのですが…、彼らを恩赦していただけませんでしょうか?」
 ロシュはずばり切り込む。
「曲がりなりにも一時同じ隊に所属していた仲です。結果的には…地球連邦軍の敵であり、現にノームやベルーガで秩序を乱したジオン残党を討ったのです。この行為を評価していただけませんでしょうか? ベルーガ所属の者が自らの生命も地位もいとわず、その任務を全うしたのです。司令のお言葉次第で、本件の功績はベルーガの功績として残るのではないでしょうか?」
 フェルメール司令はベルーガの功績という部分で、ピクッと反応した。確かにこのままでは、やられ損の基地司令で終わる。狼藉者に一矢報いたという点は評価に値する。あのはねっ返りのマーチストンは憎々しいが、戦死してしまった手前、あとは自分の都合のいいように持っていってもいいのではないか。フェルメール司令は、そう思い始めた。
「アラスカ基地には、反逆嫌疑者の捜索依頼を出したんだぞ。今更、どう取り繕う?」
 本音が出てきたな…。ロシュの思惑通りだった。この手の男の小さなプライドをくすぐるのはお手の物だ。
「ユナラスカ守備隊の報告書を見せてもらえますか?」
 フェルメール司令は、机に積み上げられている書類の中から、二枚つづりの書類をロシュに放った。ひと通り目を通したロシュは、フェルメール司令の机に近付き、外に漏れないような声で返答した。
「ユナラスカの報告書には、マーチストン中尉とゴーズ少尉の名前は触れていませんね。積荷を降ろしたとだけ表記されています。アラスカに捜索要請をかけた時、司令はどう指示しました?」
「ベルーガから離陸していったミディアを捕捉、制止を要請した。制止が効かない時は撃墜するよう頼んだ…。彼女らの名前は言ってないな。」
 ようやく読めてきたのか、フェルメール司令は安心したような表情を見せる。
「そうです。中尉らは、あのミディアには乗っていなかったことにすればいいんです。あのミディアは、襲撃したジオン残党の協力者がジャックしたということでいかがでしょう? 後に出発したマーチストン中尉以下四名は、サハリン隊到着直前にアダック港で会敵し、MSに搭乗していたマーチストン中尉、ゴーズ少尉、ヨハンソン少尉の三名は戦死した。名誉の戦死です。」
「サハリン隊の報告書はどうなるのかね? それと…経緯を知っているミディアのパイロット達は?」
 ロシュは、落ち着き払った様子で回答する。
「サハリン隊のレシチェンコ少佐には、ベルーガから逃亡した者と伝えてあります。それが中尉らとは言っておりません。また、三名が乗機していたジムは全て全損しておりました。マーチストン中尉の行動はサハリン隊もわからないはずです。ヨハンソン少尉の死亡はサハリン隊の上陸部隊の攻撃開始が起因しております。あちらにも負い目はあります。」
 フェルメール司令は腕組みしてうなずいている。ロシュは続けた。
「また、ミディアのパイロットには、マーチストン中尉の嫌疑が誤解であったと、司令からご説明願いますか? 特に…機長、スミス少尉は恐らくマーチストン中尉に協力していたと考えられます。銃を突きつけられたというのは、マーチストン中尉がスミス少尉の嫌疑をかわす為の助言だったと推測しています。」
 ロシュ達に同行した、副機長、ガバナス曹長から聞いた話から、ロシュは推測していた。
「ガバナス曹長の証言ですが…、ミディアをマーチストン中尉に奪取される直前、スミス少尉から管制室に運行予定の確認に行くよう、指示を受けたそうです。無線で済むことなのに…と訝しがっておりました。」
「わかった、この後、彼らに来てもらおう。」
「恐れ入ります。司令。」
 ロシュは敬礼して、退室しようとした。
「しかし…ハーディー少尉、君はいったい…。」
 ロシュは歩みを止めて振り返った。
「以前の勤務地で、いろいろあっただけです。司令のような理解ある方が要所にいると、我々兵も、心強いのですが…。」
「世辞はいい。ところで君はどうする?」
 そう言いながらも、満更ではない表情のフェルメール司令だった。
「では、一週間ほど休暇をいただけますか? MSもなくなってしまった今、次の仕事を探さなくてはなりませんから。」
「休暇は了解した。もし良かったら…この基地に留まらないか?」
 思いもしない言葉が出てきたのにロシュはびっくりしたが、取り直して返答する。
「お気持ちだけ頂いておきます。この事を知っている者は、互いに離れていた方がよいでしょう。これを機に退役して復興作業につこうと思っています。短い間でしたが、お世話になりました。来週手続きに来ますので。」
「そうか。次の職が見つかることを祈っているよ。」
 少し残念そうにフェルメール司令は返答した。ロシュは思惑通りにフェルメール司令が動いてくれそうで、少し安堵した。あとは…クレア・マーチストンを基地外に出すだけだ。

 一旦宿舎に戻ったロシュは身の回りのものと、平服をザックに詰め込むと、四駆の軍用車を借りて、格納庫に向かった。もはやバラックのような格納庫の一画、かろうじて風雨を凌げる詰所にそっと近付く。
「ロシュ・ハーディーだ。クレア、いるか?」
 声を潜めて真っ暗な詰所のドアを開ける。テーブルの陰にクレア・マーチストンは待っていた。緊張していた表情が一瞬和らぐ。
「すまない。司令と話していて時間をとった。全て計画通りだ。」
「ハーディー、お前、本当に正規の軍人なのか?」
 少し呆れたように、クレア・マーチストンは答えるが、この秘密の計画に、緊張しながらも楽しんでいるのは隠せなかった。クレア・マーチストンを前席と後席の間に隠すと、ロシュはベルーガ基地のゲートに向かった。ちょっとした緊張の時が流れる。
「MS隊のロシュ・ハーディー少尉だ。任地から戻ったんで、一週間の休暇をもらった。これが車両借用証だ。アンカレジの親戚の所に静養に行ってくる。土産は何がいい?」
 ゲートの警備兵は、少し眠そうな顔で車内を見た。
「アンカレジか…。いい映像あったら頼むよ。」
 ろくに車内の検査もせず、警備兵は書類だけ確認すると、ゲートを開けた。
「了解!いいの探しておくよ。」
 言い終わるが早いか、ロシュはアクセルを踏んで基地外に出た。そのままホーマーの街並みに車を滑らせる。
「クレア、もういいぞ。後席のザックに…俺ので悪いが…ズボンとシャツが入っている。ジャケットは転がっているヤツを羽織ってくれ。そのボロボロの野戦服のままじゃ怪しまれるだろ。」
 無言でザックから着替えを取り出したクレア・マーチストンは、野戦服の上着を脱いだ。
「見るなよ。」
 意識はしないようにしていたロシュだったが、ふとバックミラーを見た時に、クレア・マーチストンの白い肌が街灯に照らし出されるのが一瞬映った。所々に傷跡が見えた。彼女も…女だてら戦場ではいろいろあったのだろう。ロシュはふと思った。確かに女性も多く従軍しているのは知っていた。その大半は管制官であったり、整備班員であったりと、どちらかといえば戦闘地域からは除外されていた。今までロシュが所属していた部隊も、パイロットは皆男だった。噂では聞いていたものの、女性パイロットで初めて知り合ったのはクレア・マーチストンだった。
 着替え終わったクレア・マーチストンは、助手席に移ってきた。
「意外とあっさり、基地を抜け出せるものだな…。」
「戦時下じゃないんだ。兵の士気も落ちてるさ。案外、出るのは…進入するより楽なんだぜ。」
 ロシュはのん気にハンドルを操作する。
「さっきの…さっき警備兵が言ってた、いい映像ってなんだ?」
「あ? ああ、ポルノだよ。挨拶代わりみたいなものさ。」
「男って…馬鹿だ…。」
「そりゃ、どうも。」
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